同じ話を、同じAIに二度書かせた
前回、同じ一話を4つのAIに書かせて、文体の「指紋」が割れるのを見た。
ただ、そこには留保がついていた——あれは一度きりの観察だ、と。今回はその留保に手をつけた。これは比較テストの中編にあたる。
発端:「同じOpusでも違う」
きっかけは、別ストーリーの一話を複数の版で見比べていたときの、NGsの一言だった。
「3つとも違いが出てる。同じOpusでも違うんだな。回数を重ねると、その時々で違いが出る」。
前回(4つのAIに書かせた回)は、モデルを変えたから違いが出た。でもNGsが気づいたのは、もっと手前のことだった。モデルを固定しても、書くたびに違うものが出てくる。 だとしたら、前回見えた「指紋」は本当にモデルの癖なのか。それとも、ただ毎回ぶれているだけなのか。
それを確かめるには、同じモデルに同じ話を、複数回書かせてみるしかない。
取り違いが教えてくれたこと
ところが、やってみようとして、最初につまずいた。
少し前に作った版のひとつが、おかしかった。「Opusで書いた」はずなのに、中身を見ると Sonnet の手つきだった。調べると、モデルを切り替えたつもりが、書いている瞬間にはまだ切り替わっていなかった——タイミングがずれていた。名前は Opus、実体は Sonnet。比較実験としては、台無しになりかねないズレだ。
この事故が、かえって方法を正してくれた。
セッションのモデルを人間が手で切り替えるのをやめる。代わりに、書き手を一人ずつ別に立てて、それぞれにモデルを固定して渡す。 こうすれば「Opusのつもりが実はSonnet」は原理的に起きない。
もうひとつ、同時に潰した落とし穴がある。書き手に「他のモデルが書いた版」が見えていると、後から書く方が、それを無意識になぞってしまう。だから各書き手には、原典と設定資料だけを渡し、他の版は一切見せない。 一人ずつ、目隠しで書かせる。
同じAIに、二度書かせる
条件をそろえた。原典は同じ。指示も同じ。資料も同じ。変えるのは「どのモデルか」と「何回目か」だけ。Sonnet に二回、Opus に二回。基準には、ある日常の一話を使った——家族でエアロスミスの映画を観ている女の子の、なんでもない夜の話だ。
四本が出そろって、並べてみた。代表的な三箇所を抜くと、こうなる。
| 冒頭の入り方 | 中盤の手つき | 結び | |
|---|---|---|---|
| 原典(Gemini) | 暗くなったリビングで、画面の光だけが三人の顔を青白く照らしている | 整える。説明を抑える | 耳鳴りのように小さく残っていた |
| Sonnet・1回目 | たぶん、泣いたのはわたしだけじゃなかった | 父がリモコンを戻す小動作に愛着を乗せる | ただ小さく、そこにあった |
| Sonnet・2回目 | カーテンを閉めたまま夜になっていた | 父がうんちくを家族にツッコまれる掛け合い | どこかにひっかかったまま。消えなかった |
| Opus・1回目 | テレビの光だけが、三人ぶんの顔を青白く照らしている | 内省を一滴ずつ足し続ける | 消えなかった |
| Opus・2回目 | 電気を消したリビングで、テレビの光だけが三人ぶんの顔を青くしている | 内省を削ぎ落とす | つま先は、まだ動いていた |
ひとつずつ見ていく。
Sonnet —— 振れ幅が大きい。
二回が、まるで別の小説だった。一回目は「泣いた」という感情から入り、家族の沈黙をしっとり描く。二回目は「夜になっていた」と時間から入り、途中から、父が同じ蘊蓄を繰り返して家族に笑われるコメディに転んだ。入り方も、構成も、温度も違う。同じモデルが、同じ指示で、ここまで別の方向へ歩いた。
Opus —— 骨格は固定、濃度で振れる。
二回とも、冒頭は原典と同じ「部屋が暗くて、テレビの光が三人の顔を照らす」情景から入った。そこは動かない。でも中身は両極に振れた。一回目は内省をどんどん盛って、「弾けない自分が、ああいう店に入っていいのか」という迷いの一段落まで足した。二回目は逆に、内省をほとんど削ぎ落として、結びの「つま先は、まだ動いていた」という体の一行に全部を賭けた。盛るか、削るか。同じモデルの中に、その両方がいた。
汚染という落とし穴
面白いことが、ひとつ見えた。
「弾けない自分が店に入っていいのか」という迷いの独白は、今回のきれいな四本では、Opusの一回目にしか出てこない。ところが、最初に作った“雑な”版では、Sonnet にも Opus にも、その独白が両方に入っていた。
なぜか。あのときは、書き手に他の版が見えていたからだ。先に書かれた版の印象的な一段落を、後から書く方が無意識になぞっていた。目隠しにした途端、それは消えた。
つまり、モデルの素の癖を見たければ、書き手同士をお互いに見えなくしないといけない。 見えていると、癖ではなく「真似」が混ざる。前回からの方法の更新点は、ここだった。
ここまでで分かったこと
前回の問いは「あの指紋は本物か、一度きりのぶれか」だった。中編の答えは、部分的にこうなる。
モデルの個性は、平均的な文体よりも、”揺れ方”のほうにはっきり出る。
– Sonnet は、入り方も構成ごと振れる。振れ幅が大きい。
– Opus は、骨格を固定したまま、濃度を盛る/削るで振れる。
これは一本だけ見ても分からない。同じモデルを二本並べて、初めて見える違いだった。そして、取り違いと汚染という、人間が見落としがちな実験ノイズを先に潰しておかないと、この「揺れ方」はすぐに濁る——というのも、今回はっきりした。
どれが優れているという話ではない。otopublic が物語ごとに違うAIを作家に立てているのは、この「揺れ方の違い」を群像の強みに変える賭けだからだ。揺れ方そのものに性格があるなら、その賭けには、もう一段の根拠が増えたことになる。
次回(後編)への引き
二度では「振れ方の向き」までしか見えない。後編では、各モデル三本ずつに増やす。三度、四度と重ねたとき、その振れの分布——どこに寄りやすく、どこまで飛ぶのか——が見えてくるはずだ。
「Sonnetは振れ幅が大きい」が本当に分布として広いのか。「Opusは骨格を固定する」がどのくらい頑固なのか。中編で見えた向きが、本数を増やしても保たれるか。そこを後編で確かめる。
この記事はotopublicの制作過程を記録した「裏側」記事です。
物語本文ではありません。具体的な未公開設定や、実在モデルが特定できる情報、
AIへの指示文そのものは、方針により伏せています。