ピンポーン
夏休みに入って最初の晴れた日、わたしは朝から三回着替えた。
べつに、何かある日でもない。ミキと一緒にケンジさんの店に行くだけだ。楽器屋に。ただ覗きに行くだけ。
そう思いながら、四枚目のシャツを鏡の前で当ててみた。
「……これでいいか」
廊下に出たら、お母さんがリビングのドアから顔を出した。
「大丈夫?そんなんで楽器屋さん行ける?」
にやにやしてる。
「大丈夫だよ! 子供じゃないんだから! もう!」
「はいはい」
お母さんは笑いながらリビングに引っ込んだ。からかうだけからかって、それ以上は聞かない。何を見に行くのとか、買うつもりなのとか、そういうことをひとつも。
うちは、昔からそうだ。
わたしはしばらく廊下に突っ立って、ゆっくり息を吐いた。
大丈夫。行くだけ。見るだけ。何も決めなくていい。
ピンポーン
「来た!」
玄関に走る。ドアを開けたらミキが立っていた。日焼け止めがうっすら白い顔で、「おはよ」と言った。
「おはよ! 待ってた!」
「緊張してる?」
挨拶の二言目が、もうそれだった。
「してない」
「顔に出てる」
「してないって」
ミキが笑った。わたしも笑った。笑ったら、肩から少しだけ力が抜けた。
「じゃあ行こう」
ミキが先に歩き出した。わたしは鍵をかけて、その背中を追った。
夏の光が、アスファルトにまっすぐ降りていた。
