アンパンマンのギター
「Pretty Little Lieをやるのか?」
お父さんが気まずそうに聞いてきた。
「うん、3人でこれがいいよねって」
「そうか……ならいいんだけどな」
やっぱり煮え切らない。
「難しいの?」
「いや、曲自体は普通だな。わかりやすいと思う……けどな」
ため息を一つ吐いた。
「歌詞がな。俺には、叶わないと分かっていながら、元恋人の嘘に甘んじる男の切ない未練の曲に聞こえるんだ。お前たちにはちょっと大人すぎるかなって思ってさ。まぁ、曲調はカントリー風でかっこいいけどな!」
ぼくは少し驚いた。
Pretty Little Lie。小さな可愛い嘘。そういう意味だったのか。
お父さんは急に声を明るくした。
「まぁ、3人で聞いて決めたんだから文句はないんだ。少し驚いただけ。はははは」
「どうしよう……」
「まぁ、今日と明日——うん、2日あれば3人分のギターパートを考えられると思うから、明後日の朝渡すよ。練習するのにはちょうどいいと思うからさ、意味なんて考えなくてもいい。気に入った曲にチャレンジすることがギターが上手くなる秘訣だからな!ははは」
笑い方が、いつもより一段大きかった。
「ねぇ、バカにしてない?」
「してないよ!俺も曲はかっこいいと思うし。マジだよ?」
表情は真剣なのに、さっきのははははが耳に残ってた。
「ん〜……じゃあよろしく」
自分で気に入って決めたのは確かだった。でも歌詞のことはあとで2人に伝えなきゃ、と思いながら自分の部屋に向かった。
階段を上がると、お姉ちゃんが部屋から出てきた。
「ギターどう?楽しそうじゃん!」
「うん、思ったよりも難しいけど、友達と一緒だから楽しくできてると思う」
「私も吹奏楽のとき思い出すなあ。最初はできなくてさ、友達とずっと練習してたからね〜」
「そうなの?簡単そうに叩いてるように見えてたけど」
「いやいや、もう必死だったんだよ。ずっとスティック練習してたんだから!」
そう言いながら、片手で空を叩く真似をした。手首だけがやけに速かった。ぼくはその手を見た。今は普通の手なのに。なんとなく、指で同じ動きを真似してみた。
「へー。ぼくも練習すればできるようになるのかな」
「当たり前じゃん!私の弟なんだから。パパの子なんだし、ヒロだって小さい頃はパパのギターで歌ってたんだから!」
「そうだっけ……あまり覚えてないや」
「覚えてないかぁ。幼稚園のころだったからね〜。アンパンマンのギター構えてパパのマネしながら歌ってたんだよ?」
「あ、」
プラスチックの、赤いやつ。弦のところがでこぼこしてて、押してもガチャガチャ鳴るだけの、音にもなってないやつ。その感触が手のひらに戻ってきた。お父さんがそばで何か弾いてた気もする。でも何の曲だったかは出てこない。
「なんとなく覚えてる気がする!」
ほんとに覚えてるのか、いま作った気がするのか、自分でもよくわからなかった。
「まぁ、頑張んなよ!1曲できたらウチでライブだな!楽しみにしてる!」
そう言うと部屋に入って行った。
ライブ。
いや、無理じゃないか。歌詞の意味だって……。
そんなことを考えながら部屋に入った。ギターを壁に立てかけた。
あのがちゃがちゃした感触を、もう少し思い出そうとした。でもどうしても、もう一歩先が出てこなかった。