奏といいます
引き戸がガラガラと鳴って、一人の男の人が入ってきた。
「こんにちは——あれ? ミキちゃん来てたの?」
ミキが「あ〜、おじさん! きたー」と嬉しそうな声を上げた。
「お疲れ」とケンジさんが言うと、「ああ!」と男の人が応じる。それだけで、二人が古い知り合いなのだと分かった。
「今日は親友の付き添いなんだ!」
ミキが胸を張る。わたしは少し、顔が熱くなった。
男の人が、ふとヒロの方に視線を向けた。
「やあ、ヒロくんも来てたのか」
「はい……今日は、友達を連れてきました」
「賑やかでいいね」と男の人が笑う。「いつもは静かなのにな?」
ケンジさんが「おい、俺は暇じゃねえぞ」と口を挟み、また笑い声が起きた。
(ヒロ、って言うんだ……)
わたしはそれを、聞こえないふりをしながら耳に留めていた。
男の人が、こちらに目を向けた。
「ミキちゃんのお友達の……」
「奏(かなで)といいます」
自分の口から言葉が出た。思ったより、ちゃんと、はっきりと出た。
「奏ちゃんね。ギターに興味があるのかな?」
「まだ、何も……決めてなくて」
「何か始めたいんだって!」
ミキがすかさず横から言った。男の人は、ゆっくりとうなずいた。
「そうなんだね。焦らなくていいよ、ゆっくり決めるといい」
「この子さ、エアロスミスが好きなんだってよ。何かうんちくでも教えてやれよ」
ケンジさんが言った。
「ははは、相変わらず無茶振りだなぁ」
男の人は苦笑しながら、少し考えるように視線を落とした。
「エアロスミスの曲でね、『ママ・キン』っていう曲があるんですよ。ファーストアルバムに入っている、スティーヴン・タイラーが書いた曲なんだけど……彼、よっぽどその曲が気に入ってたみたいでね。タイトルのタトゥーを自分の腕に彫ったっていう話があるんです」
「え?」
「ただ——当時の彼は腕が細すぎて、『Mama Kin』って全部入らなかったらしくてね。結局『Ma’ Kin』って縮めて彫ったそうなんです」
ケンジさんが声を上げて笑った。男の人も、つられるように微笑む。
「それでも彫っちゃうくらい、その曲を信じていたんでしょうね」
男の人が、少し遠くを見るような目をした。
「まだ、何者でもない頃に」
その言葉が、しばらく胸の奥に残っていた。
